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2020年09月23日 10:12

ひとに何かを言われて傷つくことってありますよね。

 

バカとかアホとか直接言われた場合はあまり

傷つくことはないかもしれません。

 

「おまえバカだなぁ」「アホやなぁ」とか

親しみを込めた言い方にも聞こえます。

 

誰かに何かひとこと言われたり、言ったりしても

大事なのは、ひととひととの関係性なんだろうと

おもいます。

 

「おまえのやってることって雑だなぁ」と直接言ったと

しても、そのひととの関係性があれば傷つくことは

ないだろうとおもいます。

 

それは、言う方の一方的なおもい込みかもしれませんが。

 

でも、それをあえて言うことで関係性がより良くなる

ということもあるかもしれないという気もします。

 

 

コロナにかかった人に対しての差別的な言葉を聞いた

ときにおもうのは、

そこには言う方、言われる方の間になんの

関係性もないのではないかということです。

 

ただ一方的に、憎悪の気持ちをぶつけてしまう。

それでは言われる方は存在自体を否定されているように

感じてしまうとおもいます。

 

関係性のない人からぶつけられるひとこと、というのが

一番きついのかもしれません。

 

言葉でなくても、

すれ違いざまに舌打ちをする

肩と肩がぶつかってもおたがいに何も言わない

傘をさしていて、斜めによけようともしない

 

ちょっとした手間を省いたために、おたがいに少しずつ

傷つき、嫌なおもいを抱えていく。

 

 

これからコロナによる制限が緩和されていくとしたら、

ひととひととが接触する場面というのは増えていくでしょう。

 

個々人の人間性が問われることも増えるのではないでしょうか。

 

マスクをしている人と、していない人

大声をだす人と、ださない人

 

それらのことを気にする人と、しない人

 

なにげないあつれきが増えていって、なんとなく

ストレスがたまったり、ギスギスしたりする

世の中にならなければいいなとおもいます。

 

今後はじぶんも、誰かを無意識のうちに

傷つけないよう気をつけたいとおもいます。

 

迷惑をかけあうのは仕方がないし、それが人間だ

というような気もしますが。


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by ピーナッツ




2020年09月16日 09:33

ひとの感情を察することが苦手な人間です。

 

親に怒られたり、注意されたりするのも、それが愛情

からだということに気づかない。

 

ほんの些細なこと

「野菜を食べろ」「お金を無駄に使うな」「早く寝ろ」

 

すべてに対して「わかってるよ、うるさいな」とおもい、

言い返しがちです。

 

じぶんの捉え方が表面的にすぎるのかもしれません。

 

しかし、最近は捉え方が変わってきたような気もします。

 

実際、子を持つ身にならないと親の気持ちは

わからないといいますが、親の子を長くやって

いれば少しはわかってくることもあるかとおもいます。

 

最近の若い人は親に何か言われると、自室にこもって

スマホに没頭したり、ゲームにのめりこんだり、

逃避する手段は数限りなくあるのだろうとおもいます。

 

しかし、歳をとってしまった今になっておもうのは、

親が何も言ってくれなくなったら、とても寂しいだろうな

ということです。

 

自室に逃げ込んでしまうのはもったいないともおもいます。

 

歳をとると、他人がじぶんに対して怒ったり、注意したり

してくれるということはあまりないかもしれません。

ひとはひとに対して面と向かって「こうしたほうがいいん

じゃない」とは言ってくれない。じぶんも言わない。

 

親だけは違います。

 

親は子がいくつになっても「野菜を食べろ」と言ってくれます。

 

親がうるさいうちが、しあわせなこと。

 

じぶんが若い時はこんなことを考えることもありませんでした。

そのことに思い至るのには自分の場合は時間がかかりました。

若い時は親に対する反発心しかありませんでした。

 

でも、今はおもうのです。

いくつになっても怒られたり、注意されたりしていたい。

子に対して怒ったり、注意したりしているとすれば、それは

親も元気であるということの証拠です。

 

今後も勘ちがいな反発をすることもあるかとおもいますが

それも愛嬌とおもって、なかよく行きましょう。

 

今後ともよろしく。

 

末永く元気でね。

 

 

敬老の日を前に

 

 

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by コロンボ



2020年09月09日 13:11

親がいなくなったら、病気が再発したら

ひとりで生活していけるのか。

 

今ならコロナにかかったら。

 

不安とゆうのは絶えず、自分のなかに

あるものです。

 

コロナがなくなっても、ほかの病気がなくなる

わけではない。

コロナよりもほかの病気にかかる確率のほうが

圧倒的に高い。

 

じぶんより親が先にいなくなる確率のほうが高い。

 

そのときどうやって、じぶんの心を立て直して

いけるか。

 

実際に、その場面に直面しないとどうなるか

わからない。

 

どうなるかわからないから不安がわきおこって

くるのだとおもいます。

 

生老病死、これを経験せずにすむ人は、この

地球上にひとりもいません。

 

人が生きていくということは、経験したことの

ないことを経験していくことといえるのかも

しれません。

 

深く悩んでもじぶんではどうしようもない

ことの連続。

 

じぶんがコロナにかかって、重症化するかどうかは運しだい。

どうしようもありません。

 

不安の反対は安心なのかもしれませんが、本当に

安心した状態には、ひとはなれないとおもいます。

 

不安と安心は車の両輪で、絶えず、両方まわして

ゆくしかない。

 

そのときどきで、どちらかが強くでるのだという

気がします。

 

じぶんの場合は得てして、不安が前面にでてしまいます。

 

だから、何かに集中したりして、それをいっときでも

忘れる瞬間を持つことが大事になってきます。

 

人と話をしたり、テレビをみたり、本を読んだり。

 

現実逃避も悪くないのかもしれません。

 

不安は生きている以上、絶対に消えない。

 

そうである以上、次にやりたいことをみつけて、楽しんで

ゆけるようになりたい。

 

やりたいにことのなかにも不安があるかもしれませんが、

それを受け入れられれば、心は前向きであるということの

証拠といえるのかもしれません。

 
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by コロンボ

 

現在、ブレンドの作業として、Tシャツ

のデザインをしています

下記のサイトを、ぜひ一度のぞいてみてください

いろいろなひと👪が絵を描いています

よろしくお願いします



 



2020年09月03日 10:05


後悔の多い人生を送ってきました。

 

中学時代、野球部に入って、すぐに退部。

入らなければ先輩や同級生に白眼視

されることもなかったかもしれません。

 

もっと勉強していればいい高校、いい大学

に入って(無理かもしれませんが)

まわりを見返すことができたかもしれません。

 

じぶんでじぶんを精神的に追い詰めなければ

病気にならずにすんでいたのかもしれません。

 

退院した後、じぶんに度胸があれば

社会に飛び込むことができたのかもしれません。

 

すべて「たら、れば」の話で、

実際にじぶんのおもうようにいくのかといえば

そんなことはなかっただろうという気もします。

 

 

後悔というのは先にできません。

やってみて失敗したこと、やらなかったこと

に対しておこる気持ちです。

 

やってみて失敗したほうが後悔しないという

話をよく聞きます。

 

じぶんには勇気がなかった。

何もしないでかつ、傷つかなそうな道を歩んで

きてしまったようにおもいます。

 

やってみて取り返しのつかないことになってしまう

よりも、ましなんじゃないかなともおもってしまいます。

 

ただ、じぶんの死の間際になって、

なにも積極的にしてこなかったことに対して

文字どおり死ぬほど後悔することになるかもしれません。

 

 

精神病になってから多くを望まない体質というのを

身に着けてしまったというより、強化してしまった

ような気がします。

 

精神病だから仕方がない

精神病だからあきらめよう

精神病だから無理しないほうがいい

 

言い訳に使ってしまっています。

 

 

今後いかに人生を送っていったらいいのか。

 

老若男女、健常者、障がい者関係なく

いちばん大事なことだとおもいます。

 

じぶんのなかでは、ここまで歳をとってくると

 

日々をたいせつにすること

やりたいとおもったことはすぐ始めてみること

 

立ち止まったり、言い訳したりしている時間は

ないのではないかと切羽つまった気持ちにもなります。

 

やって失敗しても、やらなくて何も変わらなくても

どちらにしても、じぶんがした選択であることに変わり

ありません。

 

 

ただ、やってみて成功するのがいちばんうれしいかな。(*´ω*)

 

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by コロンボ



2020年08月26日 13:42

テレビが好きです。

 

バラエティ、クイズ、音楽、スポーツ、ニュース

まんべんなくみます。

 

ドッキリなど明らかに演出だろとおもえるような

番組でも結構ドキドキしながらみてしまいます。

 

もしもテレビが無かったら。

 

じぶん的にはさみしい生活になってしまうかもしれません。

 

知っておかなければならないことを知らないまま過ごすこと

になってしまうこともあるかとおもいます。

 

今はネットがあるからテレビはいらないという意見もある

かもしれませんが、ネットで話題になっている情報というのも

テレビ発というものが多いんじゃないかともおもいます。

 

 

テレビを見ない人のなかには新型コロナのことを知らない人も

いるんじゃないか(それはないか)。

 

じぶんは11年前の2009年に新型インフルエンザが流行った

ということをまったく知りませんでした。

そのころは、あまりニュース番組をみなかったのかもしれません。

 

知らないということは罪なことなんでしょうか。

 

知らないうちに感染症が流行って、知らないうちに収束している。

その間、その人の日常は何も変わらない。

「そんなことがあったの?」というようなことを言っている

人もいるかもしれません。

 

情報を仕入れすぎて精神的にストレスをため込み、体に変調を

きたすよりもずっとしあわせそうです。

 

新型コロナでいつも悩んでしまうことは、どのくらい怖がれば

いいのか、どのくらい感染リスクがあるのか、

テレビをみていてもわからないということです。

 

テレビの中にだけ感染者がいるという現実があるだけで、

普段の生活の中でのリスクがどれ程かよくわからない。

ただただ、不安でいるしかない。

 

 

もしかすると、じぶんはテレビをみすぎているのかもしれません。

 

まったく知らないでいるという風には、いられませんが、

 

バラエティや音楽番組をみて気楽にいきたいです。

 

今日はとりあえず、FNS歌謡祭をみます。

 

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by コロンボ

 



2020年08月19日 09:54

 

精神病を隠しておきたい。

 

なにかいわれのない差別を受けそう。

 

なるべくなら「秘密」にしておきたい。

 

病気になって何故、差別を受けなければ

ならないのか。

 

そうした病者への漠然とした不安。

理解できないことへの不安。

 

だけど

病気になりたくてなる人はいないのです。

 

病気の大変さに加えて、社会の眼とも

向き合っていかなくてはならない。

 

そんなとき病気のことを知ってもらうことが

たいせつなのかもしれない。

 

じぶんのできる範囲で自身を開いていく。

 

私たちはこういうことを考えて、行動

しているんだということを

開いていかなくてはならない。

 

じぶんたちのことを知ってもらうこと。

 

ある一定の差別的視線というのはゼロにはならない。

どんなときにもかならずあると覚悟すること。

 

「じぶんも同じ病気になるかもしれない」という視点のない

意見は、他人に厳しいものになってしまうのかもしれない。

 

ただ、誰もがその病気を抱える立場に置かれるようになるまで

わからないことというのは多いとはおもいます。

 

だからといって精神病当事者の立場から「わたしたちを

認めろ」と主張するのも居心地が悪い。

そういうことを健常者に言ってみても、言われる方も

居心地が悪くなってしまうかもしれません。

 

もっとみんな、あした、じぶんが弱い立場に置かれるように

なるかもしれないとリアリティを持って感じられれば

なにかが変わってくるのかもしれませんが。

 

自分自身、精神病を抱えているにもかかわらず、

他人を偏見や差別の眼で見てしまうことが

あること自体を否定できません。

 

でも、健常者と障がい者がもっと自然にコミュニケーションを

取れる場面が増えればなにかが変化していくような気もします。

 

「関係」ができることによって、簡単に他人を否定することは

できないように自然に意識が向かっていくともおもいます。

 

その関係を築くのがむずかしいとはおもいますが。

 

ここまで障がい者の立場でありながら偉そうなことを

書いてしまいましたが、

コロナ禍で人と人との関係がなんとなくギクシャク

しているようにも感じる中で、なんとなく綴ってしまいました。


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by コロンボ 

2020年08月13日 10:03

 

初めてテレビ通販で卓上クーラーを買ってみた

 (失敗だったかどうかは、まだわかりません)

スイカを食べたかったけどやめた 高いから

メロンを食べたかったけどやめた 高いから

結局バナナを食べた 安いから

スーパーの涼しさで風邪をひきそうになる

スーパーから出ると暑さでうだりそうになる

冷たいものを飲みすぎて胃腸を壊しそう

高校野球がトーナメントじゃない

母といる時間が長いのでケンカばかりしている

お盆なのにコロナで父が天国から帰ってこなさそう

お墓参りにも行かなかった

近所のドラッグストアが結構、混んでいる

突然35越えの日がつづいて、命の危険を感じる

それじゃなくたってコロナで命が危険なのに

コロナ自粛じゃなくて、暑いから出かけない

かなづちなので海には行かない

登山は疲れるので行かない

行楽地へは車がないので行かない

音楽番組をみていると夏を感じる

色白なので腕だけ黒くて体は白い

 

今年もなんにもしなかったなぁという感じです。

 

今日から通所再開です。

 

家にいるより、規則正しく生活していたほうが

気持ちの張りの点でも違うだろうとおもっています。

 

今年前半はコロナコロナでかなり心を奪われてしまいましたが

おびえていても、気にしないでいても、

そこにコロナがある事実には変わりがありません。

 

そこにある以上、できるだけの注意を払いながら、

楽しいこともやっていけたらそれでいいです。

 

どんな状況にあっても、時間だけは取り戻せません。

 

無駄にしないように楽しめたらとおもいます。

 

( `ー´)


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by コロンボ

 

2020年08月06日 10:52

暑さ厳しきおり、いかがお過ごしでしょうか

 

今年の夏は長梅雨の影響もあって、

8月になってから急に暑くなりましたね

 

いってみれば、暦の上ではもう

「残暑お見舞い申し上げます」

といっていいのかもしれません

 

帰省できない、遊びに行けない

ちょっとした外出だけで済ませる

 

そんな夏で終わってしまうかもしれません

 

いつもとは違った夏の過ごし方につまらない

おもいをしている人も多いでしょう

 

また来年の夏が来たときに、

「そんなこともあったよね」と

なってくれていたらいいのですが

 

どんなに、きゅうくつなおもいをしていたとしても

「地球規模で全世界的に、みんな、きゅうくつな

おもいを抱えながら過ごしているんだ」と

おもうだけでも、じぶんの「つまらなさ」なんて

たいしたことではないなとおもわさせられます

 

家でできる、あたらしい趣味を見つけてみる

ときどき近場に出かけて気分を発散してみる

それだけでもいいのかもしれません

 

そしてなにより、熱中症にならないように

コロナに感染しないように

 

のちのち「きゅうくつなりに、けっこう楽しめたよね」

と振り返ることができる

 

皆さんにとってそんな夏になることを願っています

 

この先の、秋、冬に備えて体力をつけていきましょう

 

体調などお崩しにならないように、ご自愛ください

 

令和2年8月6日

 

コロンボ


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2020年07月31日 10:11

「コロンボ」として文章を載せてもらうようになってから

2年以上がたちました。

 

最初のうちは、メンバーで書いている人がほとんどいなくて、

「嫌だな、他にももっと書く人がいたらいいのに」

とおもいがちでした。

 

新しいことを始めたときに、

「じぶんだけがのめりこんでてかっこ悪いな、

誰か乗っかってくれるひとがいないかな」

とおもうことがよくあります。

 

「じぶんの興味があることにみんなが興味を持ってくれない」

と思い込んでしまうこともあります。

 

自分勝手ですね。

 

「なんでみんなやってくれないんだろう」とおもったりもします。

 

じぶんが興味を持つものに、他人はあまり興味を持たないという

あたりまえなことすら忘れがちです。

 

でも、それがじぶんのスタイルなのかもしれません。

最初は愚痴りながら、徐々にまわりが気にならなくなっていく。

 

その分、その愚痴を聴かされる職員さんには迷惑をかけます。

 

いずれにしても、

「たいしたことはできないんだし、それでいいや」

とおもうようになっていく。

 

なにごとに対してもマイナスの感情から入る。

それがじぶんなんだと認めてやるしかありません。

 

どうせ半端なことしかできないんだとあきらめながらも

それに慣れ、続けられればいいのだとおもいます。

 

なにかをやるのに他人は関係ないのかもしれません。

 

続かなかったら、続かなかったでそれも仕方ありません。

 

それよりも、じぶんが楽しいかどうか、やる気があるか

どうかが大事なのかもしれないとおもった木曜の夜です。


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PS 何事につけ、クオリティーが低いのも仕方がありません

   じぶんの限界です

   ω・`)

 

 

 

by コロンボ



2020年07月27日 11:10

海外旅行に行く(コロナがなくても行かないか)

国内旅行も楽しむ(これも行かないかも)

オリンピックを楽しんでいる

 池江選手言うところの「希望」として、

 来年開催できたらいいな

都内に遊びに行く

 じぶん的には今も電車に乗るのが恐いです

 いつ自然に乗れるようになるときがくるのか

 毎日電車を利用している人をリスペクトします

吉野家の牛丼を店内で食べる

 2月以降、一回しか(そのときは「てんや」)

 外で食べていません

 テイクアウトはしているんですが

買ってきた商品のパッケージをアルコール 

 でふかなくてよい

好きなときにフラフラっと外出することができる

マスクをしていない人を敵視しない

 なんとなく「警察的」になっているじぶんがいます

買いだめしない

いろんなことに気を使いすぎて疲れていないだろう

 

今、じぶんのなかでいちばん嫌なのは、人や社会を

疑いの目でみるようになってしまったことです。

 

たとえば、映画やスポーツを観にいって、

近くの人がマスクをしないでせき込んでいたとしたら

それだけでじぶんは楽しめないとおもいます。

 

疑心暗鬼になりながら旅行したり、行楽地へ行ったり

しても、じぶんだったら心から楽しむことはできないと

おもいます。

 

くしゃみやせきを誰かがしただけで気になってしまう

というのもナイーブにすぎるのかもしれませんが。

 

本来、くしゃみってする人の個性があらわれていて

面白いものなんですけどね。

ギャグにもなるくらいですし。

 

いまは「何するんだ」という感じになってしまう。

 

コロナが早く終息して、みんなが寛容な社会に

なっていったらいいなと、日々おもいます。

 

それにしてもじぶんは小さな人間だ。

もっと心に余裕がほしいなぁ。

 

 

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by コロンボ



2020年07月20日 13:21

なんとなく、漠然とした不安を感じるよ。( Д)

 

日々がなんとなく流れていってしまうよ。((+_+))

 

こうゆときはどうすればいいんだろう。

 

今ある現状を受け入れられれば、いいのかもしれません。

 

「どうにもならないことだらけ」というのは当たり前のこと

なのかもしれません。

 

 

考えてみれば、じぶんが精神病になってしまったのだって

100人に1人のレアケースといっていいのでしょう。

 

精神病院に入院しているときは恐怖心さえありました。

 

いつ退院できるともわからない

いつよくなるのかもわからない

どうなったらその状況が変わるのかもわからない

 

ここに書けないようなツライおもいも、さまざましました。

 

そのツライきもちを乗り越えられたことで自信にもなるのか。

 

心が折れそうなとき、たいせつなのはじぶんのきもちをかくさないこと。

 

不安なときは不安なきもちで揺れていてもいいのだと知ること。

 

まわりの誰かにそのきもちを話すこと。

ひとりで抱え込まないこと。

 

とりあえず、利己的に。ジコチューでいいのだとおもいます。

 

人生においては今後も、さまざまなトラブルがまっているのでしょう。

 

そんなときは、周りに迷惑をかけながらも、じぶんをたいせつにしていく。

そういう風に乗り越えていけたらいいのかなともおもいます。

 

 

 

PS 4月ごろからラジオをよく聞くようになりました。

   コロナから離れた日常の話を生放送で聞けるので、

   とても身近に感じられます。

   いまは音楽を聴くより癒されます。(*´ω)

 

 

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by コロンボ 

2020年07月15日 10:16

新型コロナの動向が気がかりです。

 

連日、東京での感染者数が200人を

超えていたときは

「いったいどうなってしまうんだろう」

と思いました。

 

それが、100人台に減っただけで

以前だったら100人台でもびっくりして

いたのが、「今日は少ないな」と感じてしまいます。

 

まるで税込み2000円だったら高く

感じるけど、1980円だとだいぶ安く

感じてしまうのと同じかと思います。

 

たいしてちがわないのに。

 

数字にマヒしてしまうというのは怖いことですね。

 

最近はお昼ごはんを家で作ってもらうのではなく、

コンビニで買うようになりました。

 

以前だったら毎日買うのは高くて、やりきれない

と思っていたのが、慣れてくると

サンドイッチ200円安いじゃんと感じるように

なってきました。

 

よく考えれば安くないのに。

 

PASMOにチャージして買い物をすると

自分がいくら使ったのかすら、わからなくなります。

 

感染者数も病床をオーバーするまで

買い物もお金が無くなるまで

 

ギリギリまでいかないと、目をそむけてしまうのかも

しれません。

それは直視することの怖さからなのかもしれませんが。

 

数字にマヒしてはいけない

注視し続けることがとても大事なのかもしれない

と感じています。

 

 

by コロンボ

 

 





 

本がたまりすぎてしまいました。

 

基本的にBOOK OFFの110円コーナー

でしか買わないのですが。

 

買っても読んでない本が結構、山積みになっています。

 

買ったときは「すぐにでも読みたいな」と思うのですが

10円で買った気軽さでしょうか。

テレビばかり見てしまいます。

 

新刊本を買ったときは「もったいない」と思って

一生懸命読むのですが。

 

新刊本で買った方が作家さん・出版社にも利益が

入って経済的にも貢献したと思えます。

 

でも、お金がない身からしてみるとやっぱ110円コーナー

が重宝します。

 

10円コーナーの良いところは、書店にはすでに

並んでいない本を発見できるところです。

 

まるで、徳川家の隠し財産をみつけたかのような感じです。

 

その本が書棚から飛び出してくるようにもみえます。

 

混雑した街の中で家族をみつけたかのようです。

 

正直、あまり贅沢にお金を使えないので、本でいろいろ

な世界をのぞくことで「実際になにかをする」ことの

かわりにしているような感じです。

 

インターネットで視野を広げるといっても、意外と世界は

狭いもので、結局みんな、同じような情報を同じように

仕入れているようにも感じてしまいます。

 

紙の本という超アナログなメディアですが、電子書籍に

取って代わられることなく、いつまでもBOOK OFF

の110円コーナーに並んでいて欲しいです。

 

今後とも、買ってきても山積みにしてしまうだけかもしれませんが

それも一つの楽しみと思って、110円コーナーに足を運びたい

と思います。

 

PS 最近は新型コロナ関連の本を求めて新刊書店にも行っています

 

 

by コロンボ



2020年07月09日 09:32

 

むかしからなんですが、ものごとをおおげさに

捉えすぎてしまうところがあります。

 

他人からみれば些細なことでも、人生の一大事

のようにもおもってしまいます。

 

ものごとを必要以上におおげさに捉えたり

悩んでしまうのが自分なんだと認めるところから

スタートしていけばいいのだと感じてもいるの

ですが。

 

いってみれば、そう考えざるを得ないのが

自分だということです。

 

他人はそれほど、ものごとに執着していないもの

なのかもしれません。

自分は些細なことに執着するそれだけの違いです。

 

新型コロナに対しても他人よりオーバーに怖がって

しまったりもします。

他人はそれほど気にしていなかったりして、

なんでこんなに怖がっているんだろうと

自分が情けなくもなります。

なんでこんなおもいに時間をついやしているんだろうと

むなしく感じることもあります。

 

でも、考えてみると、怖がりながら行動していくこと、

恐怖で外出できなくなることがないように生活して

いくのが自分のスタイルなのかもしれません。

 

他人がどうおもっても、自分の行動に自信をもつこと。

「そんなに怖がっててバカみたい」とおもわれたとしても

最後は自分で自分を認めてやるしかない。

 

今現在、書いておきたいのは

 

コロナが恐くて本当に外出ができなくなってしまっている

方たちにです。

 

自分みたいに毎日、恐怖を感じている人はそう多くは

ないかもしれません。

 

外出できないなんてなんていう人も、今はそれほどいないの

かもしれません。

 

もし自分と同じように感じる人がいるとしたら、

 

恐怖を感じ、注意しすぎるほどしすぎても、いいのだとおもいます。

 

一日30分でも毎日外に出ることができればそれでいい

のだとおもいます。

 

一番怖いのはまったく外に出れなくなってしまうことです。

 

自分も3月初めに外に出でれないときがあって、精神的に

疲れ果ててしまいました。

 

恐さを感じながらも生活を楽しむ。この両立があっても

いいのだよなと今は感じています。

(^_^)/

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夜のおやつです。一枚食べます。いただきます。

 

by コロンボ




2020年07月03日 09:10

東京の感染者数が100人を越えました。

 

以前、東京で初めて100人を超えたころは

かなり動揺しました。

 

そのときは「早く緊急事態宣言を出してくれよ」

というおもいでみてました。

 

今回、この数字を聞いて恐怖を感じましたが

以前より精神的に鍛えられたのか

「また来たか」という気持ちで受け止められる

余裕があります。

 

実際に自分やまわりのひとが感染したらとおもうと

恐怖なのですが。

 

「自分だけがつらいおもいをしているわけではない」

ということを精神障害当事者の方たちと

共有できたらいいなと感じます。

 

誰もがみな、つらいおもいを感じている。

自分だけではないとおもうだけでも

肩の力がスッと抜けていくような気もします。

 

特におもうこともあります。

 

「感染が恐いから」といって、薬がなくなっているのに

精神科への通院を断ってしまわないほうがよいのではということです。

そのことで精神状態が悪化してしまったら、

眼前の敵であるウイルスにも対峙できなくなってしまいます。

 

感染は怖いですが通院をしっかりして、服薬をちゃんとする

という基本がなければ、ウイルスにかかるよりも先に

精神的にやられてしまいます。

 

「こうゆうときには薬は効かない」とおもってしまうかもしれませんが

自分たちにできるのは基本を守ることだけなのかもしれません。

 

うがい、手洗いをして、マスクを着用する。

密をさけて、ソーシャルディスタンスを守る。

食事をしっかりとり、よく眠り、よく笑う。

 

自分たちにできることは限られています。

 

通院においても、生活においても基本を守るしかない

ともいえるのかもしれません。

 

最終的には自分のことは自分で守るしかないのかもしれません。

 

だからこそ、精神科断ち、服薬断ちはしない方がいいとおもいます。

 

今後、自分のようにこころが強くない人が

精神的にまいって倒れていってしまうことがないように

祈っています。

 

自分も精神的に強くならないとな。

 

ガンバロー!オー!( `ー´)

 

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by コロンボ



2020年06月26日 09:28

 

「まさか」の半年でした。

 

こんな事態になっているとは思いもよりませんでした。

 

今年やりたかったことも、きれいさっぱり

頭の中から消えていきました。

 

こんな中でも、今回の騒動は自分にとっていろいろ

考える機会になりました。

 

まず、小さなことを気にしてもしょうがない

次に、物事にこだわりすぎてもしょうがない

 

「しょうがない」と考えたほうがよいということも

多いのだなと思い知らされました。

 

自分ではどうにもならないことを悩んでも仕方がない。

 

日常が戻ってくるにつれて、また元の細かいことに

こだわってしまう自分に戻ってきているのを

感じつつも、

少しは気が楽になったようにもおもいます。

 

こうゆうことを少しでも実感として感じる機会になったことを

前向きに捉えたいです。

 

先のことはわからない、何が起こるかわからない。

 

新型コロナウイルスにかからなくても、

ほかの病気になるかもしれないし、怪我をすることが

あるかもしれない。

 

何が起こるかわからないこそ、毎日の生活や時間のたいせつさ

にも気づかされました。

 

ここまで書いてきたような、ありきたりなことを

素朴に感じている自分を「凡人だなー」とおもいつつ

これが実感なんだよなとおもいつつ。

 

今後、第2波と呼ばれるものが来るのかもしれないと覚悟しつつ

「あまり気にしないように、十分注意しながら」

今年後半の時間を無駄にしないように過ごしてゆきたいとおもいます。

 

世の中の状況と関係なく、「時間」は流れて行ってしまうものだから。

 

 

 

fffff
 

 

 

 

いまだ、外食に二の足を踏んでいます

 

 

by コロンボ



2020年06月22日 11:19

東京都の休業要請解除、移動自粛解除、

プロ野球の開幕。

 

さまざまなことが日常に戻る方向に

あります。

 

自分は緊急事態宣言が出ていたころは 

息が詰まるような気持ちでいました。

 

が、日常が戻ってくればくるほど、

なにか「さみしさ」も募ってきます。

 

そもそも、東京に行って街をブラブラ

買い物をしたり、県をまたぐ移動を

したりすることもなかったです。

プロ野球もテレビ観戦のみでした。

 

そんな自分にとって自粛はあまり関係

ありませんでした。

 

自粛中は老若男女、有名人、地位のある人

関係なく自粛を求められ、ある種の

連帯感のようなものも感じてました。

 

それが緩和されてくると、自分だけ

前の生活となんら変わってないじゃんと

取り残された気持ちになってしまったりも

するのです。そこに「さみしさ」も感じます。

 

だからといってウイルスが蔓延していたほうが 

いいというわけではありません。

 

ただ、自分自身のなにもしていない部分というのが

際立って感じられてしまい、

なんかポカーンとしてしまうのです。

 

なにかを頑張っていたひと、新生活をあらたな

気持ちで楽しもうとしていたひと、なにかを

変えようとおもっていたひと、大勢のひとが

目の前をふさがれてしまいました。

 

今後は自分自身も、少しでもいいから

コロナ前よりも楽しい生活を送れるよう頑張ろう、

新しいこともやってみようとおもいます。

 

そうでないとコロナ禍で自身の危険をかえりみず

働いていたひとたちに対しても失礼なような

気がします。

 

といっても肩に力を入れず、ささやかな毎日を

たのしく、たいせつにすごす。

 

それが社会の一員である個人として大事な

ことなのかもしれないとおもっています。

 

さぁ、なにをやろうかな。

 

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by コロンボ



2020年06月11日 09:28

自分は親に対して強く言ってしまうことが

あります

 

今年の冬、庭仕事をしている母に

「いま風邪をひいたらコロナかどうか

 わからなくなっちゃうからやめとけよ」

 

それに対して、

母は「そんなことはわかってるんだから

余計なこと言うな」と怒ってしまいます。

 

それでも自分がしつこく言うと、

もっと怒って話を聞かなくなります。

 

考えてみれば

自分がなにかを夢中になってやっているときに

止められたとしたら、

母と同じように怒ってしまうかもしれません。

 

それでも親子の場合はぞんざいな言い方を

したとしてもケロッと忘れてしまいますが。

 

他人に対してなにかを言うということは、

とてもむずかしいことだろうとおもいます。

 

自分が不満におもうことがあったとしても、

たぶん何も言えない。

 

他人は他人でその人の意思で発言、行動しているのだから

なにかひと言いうというのは、

余計なお世話にもなってしまうかもしれません。

 

それでも誰かの発言、行動に対して疑問を持ってしまった

場合、心の底にうっすらとストレスがたまって

いくのを感じます。

 

この場合、誰かの発言、行動が正しいのか、自分の不満が

過剰なのか、ジャッジしてくれる人は

いないし、そんなことはだれもできないかもしれません。

 

自分のなかで、よくわからないウップンだけが

蓄積していきます。

 

他人に対して「それはおかしいよ」というには

余程の度胸がいることとおもいます。

 

人と人がかかわるということは、いいことばかりでなく、

あつれきを生むこともあると認識しつつ、

自分自身が誰かのストレスや不満のもとになってないかを

あらためてみつめてみる機会にもなるのかもしれません。

 

他人の発言、行動に不満をもつ前に、自分の行動に注意する

そのことが大切なのかもしれません。

 

他人が自分のおもうようにならなかったとしても、

人がひとりひとり意思をもった個人である以上

当たり前のことです。

 

自分のおもうようにならないからといって他人になにかを

強要するようなことだけはしないようにしたいです。

 

ただ、母には余計なことを言いたくなっちゃうんだよな。

親子は別かな。

 

 



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なかなかおいしかったです。

 

by コロンボ



2020年06月02日 10:33


「数」が少なければホッとする

 

「数」が多いと不安になる

 

この数ヶ月、数字にほんろうされてきました

 

数が少なくて安心というのは、まやかし

 

自分がその少ない中の一人になってしまうかもしれない

 

それともそれは、自分の大切な人かもしれない

 

人が生きているということは統計上の数字に左右されることではなく

 

たった一人の自分を自分でおもいやってやること

 

利己的ですか?

 

ただ自分を大事にすることで

ひとをだいじにすることもできるのかもしれません

 

ひとりひとりが数字にあらわれないところで

苦しみながら生きていることをちゃんとみつめていきたい

 

大切なのは数字だけではない

 


by からあげ弁当

          




2020年05月29日 11:51


体重が3キロ減った

 

 コロナ太りしてしまうかとおもっていましたが

 コロナストレスで痩せました

 食生活も変わりました

 食べたいものをただ黙々と腹に収めるという

 ことをしなくなり、野菜を多く食べるように

 なりました

 ポテチもだいぶ食べなくなりました

 3キロってたいしたことないのかな?

頭痛がなくなった

 

 規則正しい生活をして、検温するように

 なってから体調が悪くなることが少なく

 なくなりました

 皆さんもどうぶつの森をやりすぎないで

 早く寝たほうがいいですよ

本をたくさん読もうかとおもっていましたが

 全然読めませんでした

 

 感染者数の増加が激しかった時には

 落ち着いて本を読んでいる気分にはなれませんでした

 最近になってやっと感染症に関する歴史の本や

 新型コロナに関する本などを読めるようになりました

 社会が落ち着きをなくしているときは、優雅に

 ティーなどを飲みながら本を楽しもうとは

 おもえないものですね

ワイドショーをえんえん見続ける

 

 恐怖を煽られることがわかっていながら

 気づけば新型コロナの情報ばかり集めていました

 今一番怖いフレーズは「第2波」です

 

 

緊急事態宣言が解除されたときはなんとなく気持ちが

軽くなる部分がありました。

精神的にかなり重しになっていたんだなと実感してます。

解除はされましたが、ひとが動き出せば必ず

感染者数は増えるとおもいます。

新型コロナに対する武器(ワクチン・治療薬)がない

以上、不安な日々は続いていくとおもっています。

再度、緊急事態宣言発出とならないよう祈ります。

 

 

あと、5キロくらいやせたいなぁ。

 


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by コロンボ



2020年05月22日 10:22


 

マスクをしているのが当たり前になりました。

 

逆にマスクをしていないほうが

気持ちが落ち着きません。

悪いことをしているような気持ちにもなってしまいます。

 

「マスクコミュ二ケーション」の誕生です。

 

相手の表情をみすぎて、動揺しやすいたちなので、

自分にとってはマスクをしているほうがコミュニケーション

をとることへの抵抗感が低くなっているような感じがします。

一枚かべが置かれることで気が楽になるような。

 

ただ問題なのは、自分は目に感情が表れにくいと思って

いるうえに、一重なのできつく思われていないかというような

気にしなくていいことも考えてしまうことです。

 

いちばん悩むのは

 

精神科を受診したときにマスクを外すか外さないかです。

 

先生からみれば、患者の精神状態をはかるのに表情から

受け取れる情報量はかなり多いのだろうともおいますが、

状況が状況だけにマスクをしていることがエチケットともおもいます。

 

実際、先生には聞けませんが、みなさんはどうしてますか?

 

 

今後は目だけのコミュニケーションが重要になってくると

おもいます。

 

目は口ほどに物を言う

 

今まで以上にアイコンタクトしたり、言葉でフォローすることが

増えるかもしれません。

 

マスクをすることでコミュニケーションへの抵抗感が

低くなることにより、コミュニケーションの能力があがったり

したらそれはそれでいいことかもしれません。

 

心配なのはマスク時間が長くなることで、表情筋が弱って

顔が変わってしまわないかということです。

 

なんだかんだ書いてみましたが、

 

満面の笑みをみれないというのも

 

なんだか寂しいものですもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1

 

夜、食べました

 

by コロンボ

 

2020年05月15日 11:00


 

新型コロナウイルスは人とひととの関係を

分断するもの、

コミュニケーションをとることすら

許さないもののようにおもっていました。

 

それと同時にウイルス自体は人からひとへと

伝染していくものであります。

 

人がコミュニケーションを断絶することが

できないということが前提である以上、

その隙をついてウイルスというやつが

増殖するというのは

とてもやっかいなことだなとおもいます。

 

人とひととの接触を媒介としてウイルスが

増幅する以上、

自分の行動がまわりの環境、人たちとは

無関係であるということはありえないという

ことなのかもしれません。

 

「自分の自由なのだから何をやってもいいのだ」

というのは、新型コロナ禍においては

自分勝手な行動ということになるのかもしれません。

 

コロナに関係なく、特におもわされたことは

自分の行動がまわりにどのような影響をか

あたえることがあるということです。

 

精神病の一当事者でしかない、とるに足らない

自分という存在の行動がまわりに何かしら

影響をおよぼすかもしれないという事態に

なるなんて考えもしませんでした。

 

コミュニケーションの分断という状況下で逆に、

自分も社会とつながってるんだなということも

感じています。

 

これだけ社会が経済的犠牲、身体的、精神的犠牲を

はらっている以上、

小さな存在である自分のなかだけでも何らかの

教訓を得たいものです。

 

精神科に入院したとき、

人生を無駄に過ごしてしまったと後悔の念しか

持てなかったときのようにならないように、

この状況をちゃんとみつめて、

なにか一つでも糧になるようなことを

みつけられたらとおもいます。

 

最後に一言

 

みんな絶対かからないようにしよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1

by コロンボ 

2020年05月08日 11:05

ゴールデンウィークが終わりました。

 

今年も例年と変わらず、家でゴロゴロ

しているだけでしたが、

なんか頭の上におもりを置かれたような

息苦しさも感じるものでした。

 

家にいても不安になることもあります。

とつぜん発熱したらどうしよう。

体調の変化にも過敏になってしまいます。

それだけではなく、家族の調子にも

気を配らなければなりません。

 

神経質になりすぎて疲れ果ててしまいそうです。

 

休みのうちは、家で過ごすのもやむなし

とおもってステイホームしていた人たちも

会社が始まってどうなるのか、

人の動きがどうなるのか気になります。

 

自分が気にしても仕方ないのですが。

 

テレビで見たのですが、感染症の対策は

100年前と変わってないともいいます。

 

ソーシャルディスタンスを守って動かないこと。

 

進歩ないものですね。

 

ワクチンや治療薬ができるまでは、

どれだけか自分を律して、行動にも注意しなければ

ならないのかもしれません。

 

正直、精神的にまいりそうです。

 

 

毎日の感染者数の発表はまるで、合格発表

を待つ受験生のような気持ちでみています。

 

結果に一喜一憂してしまいますが、

自分たちが動かないだけでその数が減っていくとしたら、

達成感みたいなものも感じられるかもしれません。

 

逆に増えたときには絶望すら感じますが。

 

今後も無理せず、ささやかな楽しみをみつけながら

毎日を過ごしつつ、

一日でも早く、みんなで喜びを分かち合える日が

戻ってきたらいいなとおもっています。

 

ほんとは、夏になって、ウイルスが消滅してくれたらと

願ってしまいます。

この点については消滅しないという専門家の読みが

はずれてくれないかなー。



0508

by コロンボ

 

2020年04月30日 09:46


 

なんといってもストレスをためないことが

第一だとおもってます。

 

そのために

 

庭に出て外の空気を吸う

家の近所を散歩してみる

ただただ笑える番組を見てみる

ただただ泣ける番組を見てみる

オンライン飲み会に参加する

 そんなことをする友達もいないし

 そもそも飲めない

 でも、楽しそう

コロナについての安心できそうな

 情報をあびる

 得てして、テレビの情報は悲観的な

 ものになりがち、そのなかで

 恐怖心を和らげてくれる情報

 に触れることが大切だとおもいます

母と二人暮らしなので、

 くだらない話をあえてする

逆に顔をあわせすぎないように

 距離を置く

 

世の中がこうした事態になってみると気づく

こともありました。

 

今まで自分が悩んでいたことなんて、なんて

ちっぽけなことなんだろうということです。

 

人とうまく話せない、人見知りをしてしまう

自分が嫌われているんじゃないかと悩む。

(思春期の悩みのようです)

 

正直どうでもいいことなのかもしれません。

そんな悩みは一瞬で吹き飛んでしまいそうです。

(コロナが終息したらしたらで、

 またちっぽけなことで悩むのかもしれませんが)

 

 

とにかく今は、正面からストレスにぶつからないよう

うまく受け流したいものです。

 

こんな時に不謹慎かもしれませんが、

どんなときでも、笑って過ごせるというのが

最強だとおもいます。

 

コロナが終息した時には、心身ともにズタボロ

となっていないように、毎日の笑いを忘れないように

したいです。

 

とにもかくにも、みんな コロナにかからないようにしよう!

 

ご自愛ください。

 

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庭のツツジが満開です

 

by コロンボ

 

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